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単独ソロ弾き殴りロック。燻っている感情を言葉に。歌に。音楽に。
『活動拠点は日本国』を自ら掲げ、全国各都市で攻撃的ライブを展開!!

音楽制作関係者、オーディエンスからの評価も高く、若者を中心に各世代から、大きな支持を得ている。
ストレートな日本語歌詞にパワフルな歌声。どこか哀愁を感じさせるようなハスキーボイス。
聴く者の胸を鋭く刺すような、メッセージ性の強い言葉は、圧倒的な存在感を見せる。
その荒削りさと、未完成のチカラに、我々は大きな期待を抱かずにはいられない。
(quote from Music Of the People/Indies Chart Japan)
▼経歴
年間100本近く、ライブを見に行っては必ず最前列でダイブをするというただのロック好きだった。
ある日、衝動にかられてアコースティックギターを購入してしまう。1週間後、まだコードすらまともに押さえることができない状態にもかかわらず、天王寺の駅前でブルーハーツを歌う。その夜、鑑別所から帰ってきたばかりのあきちゃん、あきちゃんを連れ戻しに来たあきちゃんのおかん、地元のヤンキー、生意気な小学生達、たくさんの人達と仲良くなる。路上で歌うって最高に楽しい!と言い出す。これ以降、毎週路上で歌うことになる。
JR天王寺駅南口で見知らぬおばちゃんに「わたし和歌山から一人で大阪に来てんけどな。いつもここでお兄ちゃんの歌聴くのが楽しみやねん。ありがとうね。」と言われ、「愛さずにはいられない」と深く感動する。
何度も警察に止められる。これは道路交通法違反なのだと初めて知る。懲りずに歌う。
ある夜、通りすがりのゆみっぺ(当時桜川スターダイナーブッキングマネージャー)に「こんどウチのライブハウスに出演してみませんか?」と声をかけられる。ライブって何?と言いつつ出演を即承諾する。仕方が無いのでオリジナル曲を作ることに。ライブまでに3曲(幻、水たまり、すれ違い)を完成させる。初ライブ当日、持ち時間40分にもかかわらず、わずか4曲(うち1曲はコピー曲)で歌いきる。お客さんの数はわずか3人。他の出演バンドから「幻」を大絶賛されて戸惑う。驚くとともに調子に乗り始める。
[2004年]
「ピストル、孤独、約束、なにわ筋ロマンス号、絶望的な未来へ、ジジイとババアの唄、薬物中毒、さよなら言おう、三日月花火、その全てが、ラクガキ、風の隙間に恋をした、etc..」等の楽曲を次々と制作。
初の音源を制作する為に、友達のやんつんとふじなんを誘ってレコーディングを行う。バンドバージョンにて制作。レコーディングスタジオで、完成した音源を3人で聴いてみる。3人とも少し感動する。帰りに3人でうどんを食べて帰る。
東京・埼玉・名古屋・三重・大阪・神戸の東名阪レコ初ツアーでは、エレキギター弾き語りで存分に暴れる。初音源やレコ初ツアーは思っていた以上に好評で、たくさんの人達から絶賛される。この時はまだ、この音源が後にオムニバスとして発売されることになるとは想像もしていない。
チャー絆、山本.comらと共に多数イベントを開催。自主企画イベントも多数開催し、それなりに盛り上がる。
[2005年]
1月限定で「絶望的な未来へ、約束、孤独」の3曲を収録した未発表音源をプレゼントする。
活動の場を大阪から全国へ広げ始める。全国でたくさんの人達と出会う。たった一人でも平気で、公園で野宿ができるようになる。草加の銭湯で「風呂って最高!」と幸せを感じる。靖国神社へ行き、無口になる。ツアー中に雪駄が壊れたので、大阪まで裸足で帰ることになる。全国ツアーのセミファイナルを大阪難波ZiPPYで行う。「おかえりー!」の声援に危うく泣かされかける。ツアーファイナルは、のぼりやままさふみ(ザ・どげざ)、福島弘之(体当たり戦士ボディアタック)、村上篤史らと共に神戸Back Beatで開催し大成功を収める。
この年、「POLICEMAN、最後の夜、ドロップアウト、ミダリゴコロ、狼煙、群青ミサイル、etc..」を制作する。
友人の高塚勇輝(ex.ガガガSP)をドラムサポートに招き、異色バンドでのライブを行う。
全19バンド収録のオムニバスに参加。雑誌掲載用のインタビュー取材で、ぶっちゃけすぎる。熱くなりすぎて毒づく。
来年はいよいよワールドカップだ、とそわそわし始める。
バンドのメンバー探しを始めるが、なかなかうまくいかず失敗を繰り返す。
[2006年]
サッカーワールドカップドイツ大会、日本代表の惨敗に激怒し、悔しくて眠れなくなる。
バンド結成の為に力を注ぐ。その為、ライブはほとんど行わず。
[2007年]
1stデモ音源の再発売がiTunes Storeで決定する。
ロックバンドMONROEZ(モンローズ)を結成。曲作りやライブに動き出す。
